路地猫のひとり言

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クルーズの終わり~フィリピン帰国



11月7日。今日で船の旅も終わり。長いと思っていた私達の休暇も終わり。

1週間前は、水、水、水だったベニスは雲ひとつないほど晴れ渡っている。こんな天気の日にベニス散策してたら素敵だったのにな・・と思いつつデッキで街を見る。今日は上着を着ていても寒い。

港からバスで空港に移動し、国内線でローマに飛び空港近くのホテルで一泊してマニラへ。空港近くのエアポートヒルトンは高い割にイマイチだったけど、帰りの便は行きほど混雑していなくて快適なフライト。やはり夜便より昼便のが体には楽。パーソナルTVで映画を数本観て、キャセイ名物(?)インスタントヌードルも食べる。下手な機内食よりこの方がおいしかったりするよね。

香港乗継でマニラに着くと、夏。いきなり暑さでくらくらしちゃう。家について、ガンガンにクーラーをかけて爆睡。また日常の始まりだー。
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by rojineko | 2004-11-07 09:45 | Travel | Comments(0)

ドブロブニク


11月6日。今日は最後の寄港地、クロアチアのドブロブニクに到着する。入港は12時なので、朝食をとった後、本を読む。船の中で借りた本は今日中に返さなければならないので、とにかくすっとばしてストーリーを追っていく。

天候がまずまずだったので、船を港につけず見所の多い旧市街近くに停泊させてテンダーボートで移動になった。自由行動組はシアターに集まり、ボートの番号札をもらって順番に下船。小さく見えたボートだが、一度に2~30人乗れてしまいちょっとびっくり。ベニスを一緒に出港したMSCアルモニアも寄港しており、違う色のテンダーボートが行き来しているのが見える。

ドブロブニクは街全体が世界遺産に登録されているアドリア海に面した城砦都市。岸壁の宮殿、丘に散らばるオレンジ屋根の家々。小さな街だが、確かに可愛らしい。ちょっと「魔女の宅急便」の舞台に似ている。夏にはヨーロッパ人に人気の避暑地になるようで、海沿いには小奇麗なホテルも建っている。

5分ほどボートに乗って港につく。宮殿や教会に入るにはクロアチアの通貨Kunasがいるようで、両替するのが面倒だった私達は中には入らず、街をとことこと歩くのみ。それでも中世の雰囲気を残す街並は美しい。しばらく歩いたところで、大きな地図の前で人だかりができていた。よく見ると、あちこちに赤や黒のマークがついていて、ユーゴ内戦時に被害を受けた場所を示す地図だった。あれから数年がたち、今ユネスコの管理下にあるドブロブニクは言われなければ戦争があったことがわからないほど修復されているけれど、戦争の傷跡は確かに残っているようだ。オレンジ屋根の家々の中で、違う色の屋根があれば、そこがまさに爆撃で破壊された家なのだそうだ。

1時間ほど石畳の街を散策し、名物のロウソク屋を冷やかして早々に船に戻った。

今日は最終日。本を読み、ジムで体を動かし、恒例のアンケートを記入し最後の晩餐。世話になったウエイターさん達と「マニラですれ違うかもね!」と別れを告げる。隣のテーブルの日本人親子は、このあとミラノを観光し、さらにフランスのプロビンス地方でのんびりするのだとか。優雅で羨ましい限り。

荷物は午前1時すぎに下船順にポーターが集めに来るので、寝る前に急いでパッキングして部屋の外に出す。みんなまだ遊んでいるから、うちが一番だと思いきや、隣部屋のチャイニーズがすでにスーツケースを外に出していた。負けた・・・
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by rojineko | 2004-11-06 09:42 | Travel | Comments(0)

航海日

11月5日。今日は1日海の上。部屋でのんびり過ごしても、船内アクティビティに参加してもいい。

ゆっくり起きるつもりが、なぜか6時半に目が覚めてしまい7時に朝食。他の乗客はまだ寝ているのか人影はまばら。窓際のテーブルを確保してお茶を飲みながらのんびりと本を読む。船内の図書室で借りた本も明日には返却しなくてはいけないので、頑張って読まなくては。

午前中の「下船説明」と午後の「アートオークション」に出たのを除けば、2人ともほとんど一日中本を読んでいた。この日のランチはメキシカン。ピリ辛タコスに舌鼓。連れはプール、私はジムで体を動かし最後のフォーマルディナー。お隣の日本人親子はずっとプールサイドのイベントを「見ていた」と言っていたが、積極的な2人のこと。きっと「参加していた」に違いない。

食事のあと、「なつメロ」ばっかのミュージカルショーを見て就寝。ダンスはなかなかだったけれど、歌は口パク。この船のエンターテイメントはどうももう一つ。
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by rojineko | 2004-11-05 09:41 | Travel | Comments(0)

イスタンブール


11月4日。とうとう本航海のハイライト、イスタンブールに到着だ。逗留は一日しかないので、めいっぱい回るためにフルデーのバスツアーに参加。7時半の入港が待ちきれずに、6時半に起きて朝食をとりデッキを陣取った。

イスタンブール-ボスポラス海峡を挟んで、アジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがるトルコ最大の都市。現在でも1200万人が住むこの地は、かつてはローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国と3代続いた大帝国の首都だった。

船はマルマラ海をゆっくりと進む。途中、水中に何か黒い影が見えたかと思うと、なんと野生のイルカだった!3匹ほどが、私達の船と競争するように泳いでいる。そのうち、左手の丘の上にモスクが見えてきた。あれが有名なブルーモスクなんだろうか?それにしても、この港はなんて美しいんだ~。たった一日しかこの街にいられないのが残念でたまらない。

午前7時半。船は予定通りに入港し、新市街地側に停泊した。わくわくしながら船を下りる。


今日のバス仲間は全部で12名。午前中にブルーモスクとトプカプ宮殿を見学し、一旦船に戻ってランチをとり、午後に聖ソフィア教会を見学してからグランバザールという日程だ。ちょっと慣れすぎていて、新聞読みながら車内アナウンスしてるところはイマイチだけど、イズミールに比べるとガイドの英語が上手。聞きやすい。

ところでイスタンブールはボスフォラス海峡を挟んで、アジアサイドとヨーロッパサイドに別れ、ヨーロッパサイドが近代的な新市街地と、名跡が多い旧市街地に分かれている。船が停泊していたのはヨーロッパサイドの新市街地だったので、車窓から見える風景は「シティバンク」だの「アクサ生命」だのおなじみの企業が入ったビルばかりだった。橋をわたって旧市街地に入る。フェリー乗り場はアジアサイドから出勤する人でごった返していた。「今はラマダンなので、夕方のピークが早くなっています。渋滞に巻き込まれないように早めに行動しましょう」とガイド。レーンも信号もほとんど無視したようなドライヴィングはまるでマニラに帰ってきたようだ。

20分ほど走り、ブルーモスクの近くにやってきたが観光バスが多くて中に入れない。結局、バスを中まで入れるのをあきらめて途中で下車して歩くことになった。今回のグループには足の悪いイギリス人のおじいさんがいるので、ちょっと心配。「さくさくガイド」がどんどん進んでいってしまうので、気になって後ろを振り返ることしばしば。5分ほど歩いて、その昔チャリオットという2頭立て戦車のレースを行ったというヒッポドロームの跡地でローマ帝国時代にエジプトから運んできた巨大なオベリスクを見る。

ヒッポドロームの両側にずらりと屋台が並んでいたのだが、ガイドによれば観光客目当てのものではないらしい。ラマダンの間だけ作られ、夕方になると貧しい人に無料で食事を配る「配給所」のようなものだとのことだ。マニラに帰ってきて調べてみたら、「誰でも断食している人に、日没時、断食を開くため食事を与える者には、罪の許しと地獄の炎からの解放がある。」というイスラムの教えがあるらしい。どうもラマダンというと、「苦しみ」というイメージがあるのだけれど、あくまでも日中は食べないということで、この時期の夕食は普段よりずっと豪華なのだそうだ。

でもやっぱり、お昼ごはん抜きじゃ、仕事するパワーなくなるよーな・・・

そのまま歩いてブルーモスク。もちろん、ブルーモスクというのは愛称で正式の名前は「スルタンアフメット・ジャミィ」という。現在でも使われているモスクなので、入場に際しては皆土足を脱ぐ。見ていると、スタッフは「マイスリッパ」を持っているようだった。ガイドは、脱いだ土足をビニル袋に入れて持ち歩くのは観光客だけで、信者はそのまま靴を持って入り、決められた場所にぽーんとほかるのだと言う。ぽーんとほかるって・・・ちょっとそれは誇張表現で要はお祈りをしている側に置いておくってことのようだった。


ブルーモスクがどうしてブルーというのか?という答えは中に入るとすぐにわかる。モスク壁面が美しい青色のタイルで装飾されているからだ。このタイルはトルコでも特別な地域でしか作ることができなかったイズニック・タイルというものだそうだ。

そして、6000人が一度に祈りをささげることができるという広い内部にはトルコ絨毯が敷き詰められている。ガイドによれば、昔は信者が絨毯を寄付していたそうだが、今では古い絨毯に高値がつくようになり寄付する人が減ったとか。この他、お祈りの仕方などの説明を受けて外に出る。

イスタンブールにいる間中そうだったのだが、観光客とみるとどこからか物売りがやってくる。トルコ帽子、トルコ駒、絨毯、アップルティーなどなど。ブルーモスク周辺も然り、で外に出て靴を履いた途端に物売り攻撃に合う。連れの観察によれば、靴を履く階段付近に物売りが近づくと警備員が飛んできてつまみ出していたらしい。聖なる場所を守るということか。

物売り攻撃をかいくぐりながら、トプカピ宮殿に向かう。知らない間に、同じグループのクロアチア人カップルがトルコ帽子を物売りから買っていた。1個1ユーロ。高いと思っていたが、グランバザールより安かったと後でわかりほぞを噛むのであった。

トプカピ宮殿への道は、美しい並木道。トルコにいるよりパリやロンドンを歩いているような錯覚に陥る。5分ほど歩いてトプカピ宮殿に。

トプ・カピとは大砲の門の意で、海沿いの城壁の門に礼砲を備えていたことからその名がついたらしい。約400年間はスルタン(王)が住み、オスマン帝国の政治的中枢だった。1856年に当時のスルタンが別所に移り、その後はずっと封鎖されたままになっていた。 宮殿が公開されたのは最近のこと。

ガイドからチケットを受け取り、一人ずつ荷物のセキュリティーチェックを受けてから入る。博物館内部での説明が禁止されているとのことで、手前の庭でガイドから見所の説明を受けて解散。

宮殿内部にはいくつも見所があるのだが、やはり一番の興味は宝石。60年代の映画「トプカピ」に出てくる宝石をちりばめた「短剣」や86カラットのダイヤモンド!あまりに無造作に宝石が使われているので、ガラス玉のように見えてしまう・・

その他、スルタンの衣装、日本や中国の陶器、イスラム教の聖物などを見て奥に進むと、おおーー!!目の前に海。私達の船が正面に泊まっている。昔のスルタンはこの風景を見て暮らしていたのか。羨ましい限りだ。

ちなみに、宮殿内には巨大な厨房があるのだが(現在は陶器を展示してある)ガイドの説明によれば、これはスルタンの食事を作っていたのではないとのこと。当時のスルタンは貧しい人に食事を与えることが美徳とされていたので、この巨大な厨房で毎日、周辺に住む何千人という人の食事を作っていたのだった。

のんびりと宮殿内の庭を散策し、バスで船に戻りランチをとる。

今日のランチはジャーマンデーだった。あまりおいしそうじゃなかったので、デッキのグリルコーナーでハンバーガーを作る。パテだけでもビーフ、ポークステーキ、ターキーがあり、好きなパンに好きなパテと野菜をはさむ。これがうまい!

昨日のエフェソスが暑かったので、薄着でいたのだがイスタンブールは寒い。一旦、部屋に戻ってセーターに着替えて午後のツアーに出発した。やはり他の人も寒かったらしく、みな厚着になっていた。午後はアヤ・ソフィアを見学したあと、グランバザールで買い物。ガイドは「ソフィアについてなら数時間語れる」と前置きしつつも、買い物タイムを作るために急いで解説。

アヤ・ソフィア。ギリシャ語の「聖なる知」を表すこの教会は537年に完成。当時キリスト教の世界最大の教会だったがイスラム教の進出で、キリスト教会からイスラムのモスクに変えられ、現在はモスクとして使われている。壁のモザイク画は、偶像崇拝を禁じるイスラム教徒によって大半が漆喰で隠されてしまったのだが、現在は漆喰を取り除き、隠された絵を見ることができる。外見は教会、実はモスク。不思議な感覚だ。

再びバスに乗り、グランバザールへ移動する。途中でガイドが「トルコの垢すり」を見つけ、自分も大好きで毎月やっていると話していた。「まるでクラゲのようにふにゃふにゃになる」のだそうだ。

15分ほどしてようやくバザール到着。最初にハンディクラフトセンターで絨毯の「デモンストレーション」があると言われ、製作風景が見られるのかと思ったら何のことはない販促だった。トルコ名物のアップルティーを飲みながら、次から次へと出される絨毯を見る。シルクの絨毯は向きによって色が変わり、確かに素敵。トルコブルーの素晴らしい絨毯に魅かれたが、値段が2000ユーロと聞いて断念。日本で買えば倍はするのだろうが、それだけあったら別の旅行がしたい。あとで聞くとアメリカ人夫妻は小さなマットを買っていたようだ。絨毯屋がグループ全員に出身地を聞いたので、「日本人だけどフィリピンから」と答えるとちょっとびっくりされた。

絨毯屋から開放されてバザールへ。メインストリートを歩く限りは大丈夫なのだが、横道に入るともうどこにいるのかわからなくなる。まるで迷路。アップルティーだけ買って集合場所に戻ると、他のメンバーもあまり買い物はしなかったと言う。

道が混雑しているのかバスがいつまで待っても来ず、待っている私達にまたもや「物売り」の攻撃。バス待ちで動くわけにいかないので逃げられず、ただただ「ノー!!」と言うしかない。あまりのしつこさにイギリス人女性は「ノーって言ってるでしょ!」とキレていた。バスに乗っている間はほとんど会話もしなかったのに、こんな状況に追い込まれると「団結心」が湧いてくる。不思議なもんだ。

15分ほどしてようやくバスが来て、船に戻る。さすがに疲れた。ジムで体を動かし、夕食へ。チーフウエイターのロメロ君ともようやく話ができるほど打ち解けてきた。こちらがフィリピン駐在とわかると、デザートの後でやってきて自分はラスピニャスの出身であること。この航海の後、7ヶ月ぶりに国に帰ること。結婚したいのだが、婚約者が急死して以来、「この人だ」という女性にめぐり合えないことなどいろいろ話してくれた。船内のスタッフは大半がフィリピン人なのだが、海外に出て働いている女性は「友達」にはなれるが「恋人・伴侶」としては見ることができないのだそうだ。古風なのかな・・?
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by rojineko | 2004-11-04 09:37 | Travel | Comments(0)

イズミール


11月3日、日本は文化の日。まだ日も昇らない早朝5時に連れの携帯が鳴り出し目が覚める。別に旅行用に借りた携帯ではなく、普段フィリピンで使っているスマート社の携帯なんだが、旅行途中に持ってきた目覚まし時計の電池がなくなってしまったので、時計代わりに電源が入っていた。それが鳴った。このGSMという携帯電話システムはほんとにすごいもので、東南アジアの他の国にいてもヨーロッパにいてもそのまま電話がつながるのである。結局、この早朝の電話音はイタリアからトルコ圏内に入ったためにトルコの電話会社から「ウエルカム!トルコ!」とローミングが完了したことを告げるメッセージが届いただけだった。

今日は朝8時にイズミール港に入港するので、結局6時半すぎに起きビュッフェレストランで軽く朝食をとり、デッキに出て近づいてくる陸地をぼーっと眺めていた。

イズミール-船内で配られたパンフレットに寄れば・・・
「トルコ第3の都市、広さ12,000平方メートルに人口は300万人強」とある。これまで都市の名前すら聞いたことはなかったけれど、結構な街のようだ。確かに港に出入りする船の数がこれまでと比べ物にならないくらい多い。なんとなく出入りする船に目をやっていると船内アナウンス。乗客の国籍がばらばらなので、船内のアナウンスは英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語の5ヶ国語で流れるのだが、英語のアナウンスはいつもどん尻か4番目。まあ乗客数に比例すれば仕方がない。「何のアナウンスなのかな~」と辛抱強く待つ。ようやく聞こえてきた英語アナウンスによれば「イズミール港が非常に混雑していて入港が30分遅れる」というものだった。

おやおや、今日はクルーズ中初めてバスツアーを予約していたのだが、ツアー開始も30分遅れることになりそうだ。すかさず「ツアー内容には変更がありません」と追加アナウンスが流れる。当然といえば当然?

しばらく外をながめてから、ミーティングポイントに移動。バスの番号が書かれたステッカーをもらいに行き、アナウンスを待つ。私達のバスはエフェソス遺跡に行って帰ってくるだけのシンプルな内容。英語の乗客は少ないので、こじんまりとしたグループとなった。ツアーガイドはかなり訛りの強い英語を話すトルコ人。サービス精神は旺盛のようで、バス正面にトルコの地図を貼り、トルコ全般の説明から日々の生活にいたるまで冗談を交えながら話続けてくれた。

「トルコというと皆、女性はベールを被っていると思われるがそんなことはない。イスラム教の中でこれほど世俗的な国はない」「封建的なイスラム国家はトルコを馬鹿にするが、自分達は全然気にしていない。EUが認めてくれればその方がよい」などなど。

おもしろかったのが「マッシュルームハウス」の話。土地は豊富にあるように見えるが、都市部の地代は高く、家を買えない人は郊外の空き地に無許可で家を建ててしまうんだそうだ。その家はプレハブなのかなんなのかわからないが、本当に一晩で何もなかったところに建ってしまうので「マッシュルームハウス」と呼ぶのだとか。

車窓からは綿花の手摘み作業や、放牧されている羊が見える。途中通った高速道路は立派だった。

40分ほどドライブして、エフェソス遺跡に到着。これもまた船内資料によると、「世界7不思議の1つ。ローマ帝国第二の規模を持つ都市遺跡」とある。今でもトルコは交通の要所だが、当時のエフェソスは港からたったの500Mの近さにあり、ローマ帝国にとってはアジア支配の要だったという。イタリアのポンペイ遺跡が一般市民の生活の様子を伺えるのに大して、エフェソスは州都であったために公的機関の遺跡が多く残っている。

そんな説明を聞きながら、遺跡の中を歩く。「こんな天気は珍しい」とガイドが言うくらいの晴天。強い日差しでくらくらしてきそうだ。

途中、古代の公衆トイレがあった。大理石のベンチにところどころ穴があけてあり、下の溝に落ちた汚物は水で洗い流されるという仕組みだ。ガイドによると、大理石は冷たいので当時は貧しい人(たぶん奴隷?)が便座をあたためるために一日中トイレに座っていたらしい。ちなみにこの頃、トイレットペーパーはなく、かわりに薄く削った△の石でお尻をふいていたと思われるとか。何だかとっても痛そう~。

さらにずんずん歩くと、道に「世界最古の職業=売春」の店を示すマーク。足のマークは方向を示し、女性とハートの絵が娼館を示す。このときガイドが「つまりお金があればスイートハートがいとめられるというわけで・・」と説明していたのだが、「足マーク」と「お金」のつながりが何だったかどうしても思い出せない。何だったのだろう?

そのほか、ローマ帝国時代に大浴場があったのは社交の場であると同時に疫病を防ぐための手段であったとか(旅行者は体を洗わないと街に入れなかった)24000人も収容できた大劇場ではパトロンのお金が続く限り何ヶ月でも劇が上映され、それは人々を政治に対して無関心にさせるためだったとか、やはりこういう遺跡はガイドの説明があると倍に楽しめる。

2時間ほど炎天下を歩き、ガイドも客もぐったりしたところでバスに戻る。クルーズ船が停泊している港の目の前に大きなスーパーがあり「トルコで何を売っているんだろう」と興味津々だったのだが、暑さでどうでもよくなってしまった。そのまま船に戻り、ビュッフェでランチ。この日はスペインがテーマだった。塩がきりっときいてるパエジャがおいしい!少し昼寝をして夜に備えた。

***
6時15分すぎ、いつものごとくチーフウエイターのロメロ君の絶妙アシストで夕食が始まる。デザートが出始めた頃、ちょっとした異変。陽気な音楽が流れたと思うと、吹き抜けになっている2階部分の手すりでスタッフがナプキンをくるくる回し始めた。と、常連客なのだろうか、見ていた乗客が合わせてナプキンをくるくる回し始める。私達も負けずにくるくる。

そのうち、音楽はどんどんアップテンポになり、若いアシストウエイター達(ほとんどがお祭り好きのP人)が踊り始める。1曲終わったら、少しスローな音楽に。今度はチーフウエイター達が女性客をダンスに誘い始める。

踊れないCATは情けなく「誘わないで」目線を送っていたが、隣のテーブルの日本人親子はどちらもすっくと立ち上がって楽しそうに踊っていた。かっこいいーー。
1、2曲ダンスタイムが続いたあとで、全員つながってジェンカタイム。(厳密には音楽違ったけど)最後にスタッフがオレーオレオレーの替え歌を絶唱してディナー終了。

なんとも賑やかな夜でした。夕食のノリでシアターでマジックショーを見ておしまい。
世界最古の職業↑「エフェソス遺跡」の娼館のマーク

ジェンカで踊る人たち→
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by rojineko | 2004-11-03 22:24 | Travel | Comments(0)

カタコロン

火曜日。アドリア海を通り、船はギリシャのカタコロンへ。カタコロンはオリンピック発生の地、オリンピアの遺跡に近いリゾート地。8時に入港すると、港に沿ってカラフルなお店が並んでいるのが見えた。

今日はツアーバスに乗った方がよかったのだが、この船のツアー締め切りが2日前だというのに気がつかず個人行動になってしまった。はたしてオリンピア遺跡までたどりつけるのか?

ツアー客が降りてしまった9時頃、のんびり下船。のどかな町をぷらぷらと歩く。遺跡に行きたい連れが、店主にオリンピアへのバスとタクシー料金を聞く。往復で50ユーロくらいが相場と聞き、タクシー運ちゃんと交渉開始。60ユーロという彼に、50じゃなきゃ乗らないとつっぱねて交渉成立。BMWタクシーは港を出発した。

ところで港からバスでオリンピアまで行くと片道1時間かかると聞いていたのに、タクシー運ちゃんは「20分で行くよ」と言っていたのだが、タクシーが港を出発してすぐに謎はとけた。時速制限50キロと書いてある道をぶーんと130キロで飛ばしてる!!交通量が少ないとはいえ、そこそこカーブもあり、これは結構に怖い。遺跡に着くまでの20分強、車窓の風景を楽しむ余裕がないまま遺跡のある山に到着した。

オリンピア遺跡-ギリシャのペロポネソス半島西部にあり、古代オリンピック発祥の地。ここのヘラ神殿で今年のアテネオリンピックの聖火も採火された。

もっと言うと、今年の6月、不届き者の日本人観光客が遺跡から石を持ち帰ろうとして逮捕された場所だ。この事件があったせいか、クルーズの寄港地説明には「いかなるカバンも持って入ることは許されない」と書いてあったが、実際にはオリンピックも終了し熱も冷めたのか、特に注意されることはなかった。

広々とした遺跡は緑が多く、空気がおいしい。観光客らしい若者が、芝生の上で二人三脚レースをしていたのが印象的。1時間ほど遺跡を回り、再び時速130キロのBMWタクシーで船に戻りビュッフェでランチ。この船は毎日ランチのテーマが変わり、今日はカタコロンにちなんで「ギリシャデー」少しすっぱめの味付けの料理を何種類もとり、お腹一杯。時間があるので、船内の図書室でペーパーバックを借り、夕方再びジムに行って汗を流す。今日は船長主催のウエルカムガラパーティー。一応、おめかししてシアターに行くといきなりダンスパーティーが!スタッフが次々と女性客をステージにあげてスローなダンス。こういうとき、社交ダンスを習っておけばよかったなーと思うのだが、遅すぎ。

船長の簡単なあいさつを聞いて、ディナーレストランに移動し最初のガラディナー。そもそもあまり食べられないCATはメインすら注文せずに簡単にすませてしまったが、ロブスターを注文した人は「このロブスターは偽者だ!」と怒ってらしい。偽者っていうか冷凍だっただけみたいですが。次の日のメニューから「食材には冷凍も使うことがあります」という但し書きが入っていた(笑)

今晩のショーはおもしろそうではなかったので、適当に船内をうろついて就寝。

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by rojineko | 2004-11-02 22:21 | Travel | Comments(0)

最初の寄港地~バーリ

今日は朝11時にイタリア南部の港バーリに入港する。朝食はデッキ9のビュッフェレストランに行けば、いろんなものが食べられるとわかってはいたけれど1週間の旅行でお疲れ気味の私達は簡単に部屋で済ますことにした。

去年乗った船では、朝食のデリバリーサービスはスイート客にしかなく、通常のキャビン客は運び賃を払わなければならなかった。今回の船は、キャビンのランクに関係なく簡単な朝食なら無料で部屋まで持ってきてくれるとのことだったので、昨日の晩寝る前に札を部屋のドアに吊るしておいた。

8時半、指定された時間に朝食はやってきたのだが・・・あれ、食べようとしたらなんとミルクティーのティーがない!トレイの上にはちんまりとジャーに入ったミルクだけ。慌てて廊下に出ても、すでにデリバリーボーイはいなかった。

クレームをつければいいんだが、もう面倒くさくなってしまい、とりあえずトレイにあったパンとジュースを食べる。1日目からイマイチのスタートだ。

11時、予定通りにバーリ入港。手元のガイドブックに寄れば、「アドリア海に臨むブーリア地方の州都。南イタリア有数の産業都市」とある。観光的にはあまり見るべきものはなさそうとふんだ私達は船のツアーにも参加せず、ベネチアで行き損ねたネットカフェを探すだけにしようとのんびりと船を下りた。クルーズ客用の案内所で街の地図とネットカフェの場所を聞く。「この通りか、こっちの通りか、どっちにあります。通りの名前が似ていてどちらかわからない」という返事。まだイタリアだな~。とりあえず、テクテクと歩き出す。

ほとんどの乗客が名所の「ノルマーノ・スヴェヴォ城」や「カテドラル」など旧市街に入っていったのに対し、私達2人は目抜き通りの「スパラーノ・ダ・バーリ通り」にずんずん歩く。ちょうどお昼時間で、お店が次々に店を閉め始めている。いやな予感。

案の定、予感は的中。教えられた場所にネットカフェがないだけでなく、目抜き通りの店はほとんどがランチタイムで閉まっていた。去年、メッシーナで可愛い食器を買ったお店もしかり。2時の出港のため、1時半には船に戻っていなくてはならない。結局、何もせずに船に戻り、まだすいているビュッフェでのんびりとランチを取り、ジムで一汗流し、夕食を食べて、シアターでも開催された「アクロバティックショー」を見ておしまい。「アクロバティックショー」は2002年のギネス保持者とのアナウンスがあった割には、イマイチの盛り上がり。見せ場の「ジェイソンの電動のこぎりでジャグリング」も1回普通にジャグリングしただけでおしまい。物足りないなー。
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by rojineko | 2004-11-01 22:20 | Travel | Comments(0)



11歳のむっちりトンキはドンくさい?!飼い主は遊牧民族。名古屋、京都、東京、マニラ、鹿児島、福岡と住んだ土地は数知れず。この春から秋田と東京のバラバラ生活始まりました!
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