路地猫のひとり言

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ベネチア出港



私達が乗船した船、コスタ・メディタラニアは総トン数85619トン、全長292.5m。2003年6月に就航したばかりの新しい船で、船室は1056室、2680人もの乗客を運ぶことができる大型船だ。デッキ2(2階)とデッキ3(3階)にディナー用のレストラン、バー、売店、オフィスなどのパブリックスペースがあり、デッキ1(1階)とデッキ4(4階)からデッキ8(8階)までが客室。デッキ9(9階)とデッキ10(10階)にビュッフェレストラン、3つのスイミングプール、ジム、スパ、美容院などがある。さらにデッキ1の下層(ここは階数表示なし)にクリニックと船員&スタッフ用の船室。

いつも船に乗ると思うのだけど、こんなに大きな物体(!)がよく水に浮くものだと感心してしまう。

さて、これまたいつものことながら、船に乗ると途端に元気を取り戻す連れはベネチア出港をカメラにおさめるべくいさんで出て行ったので、CATは部屋で休憩しながら荷物が来るのを待つ。本当は5時からイングリッシュスピーカー向けの乗船説明会があったのだが、船旅ははじめてじゃないし・・とやめにした。カジュアルデーで着替えが必要ないとはいえ、夕食を6時15分スタートのファースト・シッティングにしていたので、ばたばたするのが嫌だったのだ。(ちなみにセカンドシッティングは8時半。日本人には遅すぎる)

ヘンリーさんが持ってきてくれた荷物を出し、人心地着いた所でデッキに出て暮れていくベネチアの街を眺める。同日出港のMSCアルモニアが一足先に出港し、ターミナルから運河に向かっていくのが見えた。洪水でひどい目にあったとはいえ、ベネチアの街はやはり絵になる。

ぎりぎりまでデッキで粘り、5分遅れで夕食へ。残念ながら窓際の席ではなかったけれど、隣が日本人の方だった。東京に住んでいる娘さんと、神戸に住んでいるお母さん。お母さんの方は80歳すぎじゃないだろうかと思うけれど、なんとも上品でいつもきれいにしてらっしゃる。娘さんの方も旅なれた感じ。反対側の席に座ったスイス人カップルともきさくに話をしたり、「船旅ってこういう人が似合うのよね」と思うのであった。

夕食のあと、船内のシアターで何やらショーをやっていたみたいだが、初日から飛ばしては疲れてしまう。さっさと部屋に帰って寝ることにした。
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by rojineko | 2004-10-31 22:20 | Travel | Comments(0)

港へ移動~乗船



船。休みがとれるたびに「船に乗りたい!」と連れが主張するので、船旅は今回で4回目だ。2人ともそこそこに勝手はわかっている。でもこれまでの3回は、最初の2回がパッケージ旅行、3回目も日本から出発だったので懇切丁寧な説明書をもらっての渡航だった。今回は何もなし。マニラを出る前に、CruiseProのLindaさんから「Everything is perfect!(すべて順調)」とメールを受け取ってはいたけれど現地港でチケットを受け取るのは初めてなので不安がよぎる。

ローマ広場のバス停で待つこと数分。「Costa」のバスがやってきた。慌てて運転手に乗客であることを告げると「こっちのが早いから乗っていけ。ノープロブラムだ。」と別の船会社「MSC」の乗客用のバスに案内された。行き先は同じだからいいってことなのか?VCT-ベニス・クルーズ・ターミナルはベニス市内から4キロ、駅から程近い場所にある。5分ほど乗ってすぐに着いた。

「MSC」のバスに乗ってしまったせいか、降りても運転手から何の説明もない。広い港で必死に「Costa」の看板を探す。やっと見つかった場所に行くと、今日下船した人向け空港バス乗り場だった。何度かスタッフに場所を聞きなおし(何せ「あそこ!」というだけなので・・)荷物のチェックイン場所にたどり着く。私達のようにツアーでもなく個人でやってくる客は少ないのか、スタッフのお姉さんが「乗船順番1番」の札をくれた。らっきー!スーツケースを預けて、ボーディング場所のビルへ向かう。2階の左側が「Costa」、右側が「MSC」のラウンジだった。ベニス市内が洪水で観光をあきらめたからだろうか、まだボーディング時間でもないのにラウンジはすごい人。きょろきょろ見回していると、片言の日本語が話せるイタリア人スタッフがこちらを見つけて声をかけてきてくれた。1番の札を持ってはいるが、チケットがない私達はすぐには乗船できない。指示された通り、インフォメーションデスクに向かうと長蛇の列。デスクスタッフの数が少なすぎる。チケットをもらったときにはすでに10番札の乗客が船に乗り始めていた。これに限らず「Costa」はどうも段取りが悪い。列で私達の直前に立っていた初老のアメリカ人男性は「アメリカ(のCosta)ではこんなことありえない!」としきりに憤慨していた。確かにこれまで乗った船の中で、ここほど段取りの悪いところはなかった。私が列に並んでいる間に、MSCのラウンジを見に行った連れも「あっちは整然としてた」と言っていた。

それでも、どうにか乗船に必要な書類をもらい船に乗る。これまでの船は入口に各国語対応のスタッフがいて、一組ずつ部屋に案内してくれたのだが、今回は「自分で行ってください」の放し飼い状態だった。(笑)エレベータを見つけ、キャビンに着くとキャビンスチュワードのヘンリーさんが迎えてくれた。船のスタッフは8割がフィリピン人。スチュワードやウエイターにあげようか、とマニラ空港でフィリピンのお菓子を買ってきたのだが、担当のヘンリーさんはイタリア人のようだ。残念。でも、いつも必ず向こうから「ハロー!」と声をかけてくれる、とても気のいい人だった。キャビンもこれまで乗った船の中で一番広い。バルコニーに出ると、同日出発するMSCの船が見えた。船を見た連れはびっくり。なんとこのMSCの船、去年私達が乗った船だった!当時はMSCではなくフェスティバルだったのだが、会社そのものがつぶれてしまってMSCに売却されたらしい。あのしっかりもののウエイターのニロ君やお調子者のロンもそのまま移動したのだろうか?(⇒去年の旅日記参照)ロンはたぶんダメだったろうな・・
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by rojineko | 2004-10-31 22:15 | Travel | Comments(0)

アックアアルタ

10月31日。今日はホテルから港に移動する日だ。運悪く、早朝からどしゃぶり。TVをつけるとベネチア付近のマークは「雨」を通り越して「雷雨」になっている。最悪だ。それでも7時半頃、荷物のパッキングをしようとベッドから這い出すと、あれ?TV画面の時刻が6時半になっている。パチパチと違うチャンネルをつけてみても同じ。どうやら今日でサマータイムが終了し、時間が1時間戻ったらしい。ホテルのどこにもそんな表示はなかったのに。

まあ、それならば焦ることもない。疲れもたまっているしもう一眠りしようとベッドに戻る。ちょうどこの頃、窓の外で無粋なサイレンが鳴っていた。実はこれこそがアックア・アルタ(高潮)を告げるサイレンで、地元の人はこのサイレンを聞くと急いでじゅうたんや家具を上階に上げ、運河に面したホテルは客が濡れないように足場を設置するのだ・・とマニラに戻ってきてからわかるのだが、その時の私はAqua Altaという言葉の意味すら知らなかった。知っていれば昨日のニュースで何度も映っていた映像が「ベネチアで年に1度の洪水がきている」とわかったはずなのに。8時すぎに再び起きて朝食をとる。雨も段々小降りになってきたみたいだ。ホテルには11時までいてよいのだけど、雨がまた降り出さないうちに駅まで行き、荷物を預けてもう少し観光するか、とレセプションに下りて行った。

ちょうどそのとき、ホテルの入口から英語を話す中年のご夫婦がズボンをひざまでまくり、足をべたべたに濡らして帰ってきた。「What happened?(どうしたんですか?)」とびっくりする私達。「サンマルコ広場まで行ってきたんだけど、ひどいもんだったわ。もう、あっちもこっちもウエットよ!こうしないと歩けなかったわ!」と興奮ぎみの2人。これを聞いた私達は「雨ひどかったもんねー。サンマルコなら仕方ないか」とまだ呑気だった。ところがいつも冗談を飛ばすレセプションの彼の様子が変。「お客さん、チェックアウトだよね。僕、いそいで伝票切るからとにかく走ってすぐ出ていって!水はすぐそこまで来ているよ。」これだけ聞いてもまだ状況が飲み込めない私達。「水って?私達、駅まで行きたいだけよ。水上バスでなら大丈夫でしょ?」彼の答えは「バス停までたどりつければね。とにかく急いで。グッドラック!」

支払いをCATに任せ、先に連れがスーツケースを引っ張って外に出る。「確かに水がどんどんしみ出してきてるよ」

CATが外に出た頃には、ホテル前の小道はじわじわと石畳の間からしみ出た水がたまり始めていた。「とにかく行ってみよう」最初の曲がり角までは順調だった。次の曲がり角を抜けたとき、反対側から歩いてきた人が「Speak English?(英語話すの?)」と声をかけてきた。「ええ」と答える私達。「ここから先はウエットだから裸足で行かないと無理よ」

そんな・・・・まだ駅まではだいぶ距離がある。でも確かに最初の橋の手前で水は30センチほどにもなっていた。ベビーカーを押した韓国人らしい女性が立ち往生している。こっちはダメだ。水上バスの乗り場に行ってみよう。

スーツケースをごろごろ転がして今来た道を戻り、右折。運河に向かう。あと数十メートルでバス停だ。「全然だめだよ」なんと、バス停そのものがすでに水の下になってしまっていた。手荷物だけ持っている身軽な旅行者ならば裸足になって水の中をじゃぱじゃぱと歩くこともできる。でも、このスーツケースには20キロ以上の荷物が入っている。とてもかついで歩くのは無理だ。駅は運河の反対側、200Mもないのにいったいどうしたら?

途方にくれていると、まだ水がきていない運河沿いの高いところにイタリア人らしき男性が携帯電話を片手に立っているのが見えた。あの人、何を呼んだの?ふと右手をみると、空っぽの水上タクシーが駅の方向へ走ってくるのが見える。一か八かだ。

「ハロー!!!ボンジョールノー!!」と大声で叫んでみる。ボートの運転手がちらっとこっちを見た。「ステシオーネ(駅)!プリーズ!」もう言葉なんてめちゃくちゃだ。バス停を指でさし、何でバスに乗らないのか?と怪訝な顔をする運転手。ボートをバス乗り場に近づけたときに状況を理解したようだ。止め場所がないかときょろきょろしたあとで、イタリア人男性が立っていた高台までボートを寄せてくれた。「いくらでいってくれる?」「20ユーロでいいよ」

20ユーロ!!約3000円だ!ボートタクシーは高いといわれているけれど、たった200Mで3000円!暴利なんてもんじゃない。でも、背に腹はかえられない。わかった、といってスーツケースを差し出し、船に乗り込む。駅までは2分とかからない。多分、一生で一番高いタクシー代だろう。

私達を駅で降ろしたあと、すぐにスーツケースを抱え途方にくれた観光客が乗り込んでいったから、この日のボートタクシーはがっぽり稼げたことだろう。

どうにか駅までたどりついたので、駅の荷物置き場にスーツケースを預けて、駅近くのネットカフェでメールチェックをし、昨日買い足した水上バスの1日券を使って外回りの船に乗ってみようと計画。身軽になって駅を出たのだが、なんと、ネットカフェ方向の道は完全に水没。近くの店までは足場が作られているが、その先にはいけそうもない。カフェは行き場を失った観光客ですでに一杯。仕方なく、駅構内のベンチに座って様子を見るしかなかった。

持ってきた本を読むことしかできなかったが、ベンチにすら座れない人が大勢いたので私達はまだマシな方だった。1時間半ほどそこで過ごし、12時過ぎに外の様子を見に水上バス1番の乗り場に出た。が、なんと潮が高すぎて大運河が通れなくなり、1番線は運航休止。ローマ広場行きのバスだけは動いていたので、乗ってみると駅からローマ広場へ向かう運河沿いにある高級ホテルが軒並み浸水している。負け惜しみだけど、この辺の高級ホテルに泊まっていたらホテルから外にでることも出来なかったかもしれない。結局、ローマ広場の周辺もひどい洪水。港行きのバスがすでに走っているようだったので、観光はあきらめて駅に戻りスーツケースを引き取り再びバスでローマ広場に戻って港へ移動することにした。きっと船の方が快適に違いない。
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by rojineko | 2004-10-31 22:14 | Travel | Comments(0)

ベネチア散策②


すっかり水没してしまったサンマルコ広場からどうにか逃げ出しザッカリア駅から水上パスに乗って2つ向こうのジャルディーニ駅へ。この駅近くのビエンナーレ公園でベネチア・ビエンナーレという国際建築展示会をやっているという情報があったので行ってみた。情報に寄れば日本館のテーマは「おたく」とか。

12ユーロ出してチケットを買い、緑豊かな公園を入っていく。まずは日本館に行って見ると、あらまあ、ほんとにオタッキー。床にも壁にもアニメの絵だらけ。ガラスケースの中には、どこから集めたのか「マニア垂涎の品」がずらり。そもそもアニメ音痴のCATはタイトルすら知らないものが多かったけど、「おたくの部屋」という展示はおもしろかった。マンガ本がうずたかく積まれた部屋、コスプレ用の衣装を展示した部屋などをミニチュアで再現してある。CAT的にはコスプレ衣装や等身大の人形が飾ってある部屋は気持ち悪い。そういえば、入口付近におたくと宮崎勤事件の関わりを説明したパネルがあったけど、ちょっと納得いかないものだった。

日本館を出たあとは、地図にそって各国の展示を見る。イタリア館の奥にあった「コンサートホール」の展示は、最近世界中でオープンした斬新なデザインのコンサートホールを写真や模型で紹介していて興味深かったかな。

ビエンナーレ公園を歩ききって足が棒になったので、再び水上バスに乗ってローマ広場へ向かう。特にローマ広場で観光するところはないのだけれど、明日港へ移動するときの無料バス乗り場を確認しておこうということだった。とにかく今回は船旅の部分も旅行代理店を使わずに予約していたので、集合場所などの説明がまったくない。船旅を主催している会社のHPやベネチア港のHPで得たわずかな情報が頼りだ。ローマ広場は空港からのバスの発着場にもなっていて、すごい人。日本のツアー客用の立派なバスも目についた。けれど、目指す港行きのバス乗り場はない。悩んだ挙句に、ローマ広場横のビル内にあったiに行き相談すると、「明日になれば公衆トイレのそばに大きなバスが来る。心配ない」の答え。シーズン中は毎週船は出るのだから、看板でも立てておけばよいのに面倒なのか目印は何もないようだった。

とりあえず明日どこに行けばよいかはわかったので、広場周辺を散策。ベネチアでは珍しいスーパーを見つけて水をゲット。そのまま水上バスには乗らずに迷宮を散歩するとインスタントラーメンを売っている小さなお店を見つけた。前回の船の食事はまずかった。すぐに飽きてしまった。これはちょいと買いだしておいた方がいいかもしれないと、店に入り物色。日本、中国、韓国の食品にまじってフィリピンのインスタントヌードルもある。船乗りの大半はフィリピン人だからお客が多いのかな、と連れが聞いてみるが、フィリピン人の客は来たことがないという返事だった。結局、日本製のインスタントヌードルを2つ買って店を出た。

店を出て、細い道をずんずんと歩き続けるといつの間にかリアルト橋。さらにサンタ・マリア・ふぉルモーサ教会まで歩き、ジェラートで一服。いい感じのトラットリアを見つけるが、開店前だったのであきらめ、再びリアルト橋付近まで戻り、ツーリスト用のセットメニューのあるオープンカフェ風のレストランで夕食をとるが大はずれ。おいしくない上に、ウエイターの態度が悪く、最初にカード支払いができると聞いていたのに、支払いの段階で「現金しかダメ」という始末。「最初の人がいいと言った!」と強行に主張するとわざわざ店の中まで呼ばれてサインさせられた。サンマルコ広場で上がっている花火も見られなかったし、なんだか散々だ。
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by rojineko | 2004-10-30 22:12 | Travel | Comments(0)

水没



ここしか歩けません・・・
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by rojineko | 2004-10-30 22:09 | Travel | Comments(0)

ベネチア散策①



朝7時。昨日の雨で濡れた服をドライヤーで乾かしていると、電話がなった。「モーニングコール頼んでたっけ?」と寝ぼけた頭で電話に出る。「Good Morning. How are you?」とかすかに訛りのある英語。「Thanks. Fine」と答えると「えーと、24号室なんだけど朝食持っていてもらえる?」

そう、このホテルはブレックファストルームがないので、朝自分の好きな時間にレセプションに電話するとスタッフが階段の上がり場にあったコーナーでコーヒーを入れ、パンやビスケットと一緒に部屋まで持ってきてくれるのだ。でもここは21号室。レセプションじゃない。「ごめんなさい。うちはレセプションじゃないわ。間違えてません?」と答え電話を切る。30秒後、再び電話。「モーニング、レセプション?」と同じ声。どうも内線が混乱しているらしい。結局、24号室のこの人は電話をあきらめてレセプションまで降りていったらしい。しばらくして階段をとんとんと下りる音が聞こえていた。(それくらい壁が薄いわけだ!)

8時過ぎ。お腹がすいてきたので私達も朝食を持ってきてもらう。部屋は大したことなかったけど、朝食はたっぷり。コーヒーとミルクが並々と注がれたジャー。オレンジジュースが1人1本。イタリア特有のあまーいクロワッサンに2種類のビスケット。ビスケットはおやつにとっておくことにする。

10時、のんびりとホテルを出発。まずは連れのリクエストでペギー・グッゲンハイム・コレクションへ。グッゲンハイムといえばNYのソロモン・グッゲンハイム美術館が有名だが、ペギーは鉱山王ソロモンの姪にあたる人。生前に彼女が暮らしていたパラッティオ(館)をそのまま利用して彼女が収集した現代美術作品を展示している。水上バスのアカデミア駅でおり、迷路のような路地を壁の矢印を頼りに歩く。レアルト橋やサンマルコ広場のような喧騒もなく、静寂な世界。1人10ユーロの入館料は高かったけれど、のんびりと部屋や庭に置かれた作品を鑑賞する。

気分のよくなった2人、そのまま路地を歩いてサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会まで歩く。ランチタイム寸前に到着したので内部の見学もさせてもらえた。すぐに水上バスに乗って移動しても夜良かったが、何となく歩くのも楽しかったので名のない通りをてくてくと歩き、目に入ったオープンカフェでランチをとった。このあたり、昨晩の雨がまだ残っていて、ウエイターがほうきで水を溝に押し流しながら「日本語で水って何ていうの?」と聞いてきた。実は彼、イタリア語で聞いてきたので一瞬何のことかわからなかったが「アクア」という言葉だけが聞こえたので、そんなところかなあと「MIZU」と答えてあげたら上機嫌でその後ずっと「アクア、ウオーター、MIZU」と唱え続けていた(笑)

窓辺に花が飾られた美しい家が連なる通りを抜け、再びサルニテ教会まで戻り、サルニテ駅から水上バスに乗り、サンマルコ広場を目指す。

昨日はすごい人だったけど今日はどうだろう?もう一つ気のすすまないCATとは別に「絶対ここはいかなきゃ!」と元気な連れ。まあね、一応名所だもんね。広場近くのVallaresso駅で下船して広場へ歩く。やっぱりすごい人だ。広場が見えてきた・・・・あれ?

昨日来たときには広場の真ん中を歩けたのに、なんと広場全体が冠水してる!観光客は用意された50センチほどの高台の上を列をなして歩くばかり。水の深さは30センチはあるだろうか。ごろごろとスーツケースをひっぱた日本人観光客の姿もある一方で、果敢にもズボンの裾を捲し上げて水の中にじゃばじゃばと入っていく若者も!ホテルで借りたのか立派な長靴を履いている人もあれば、スキッパーと呼ぶ底だけが強化プラスチックで足を囲う部分が厚手のビニルでできている簡易長靴を売っている商売人(さすがベニスの商人!)もいる。旅行の計画を立てたときに、秋のベネチアは冠水することもあると聞いていたけれど、これほどとは。地球温暖化が進んだら、ほんとにこの町は海になってしまうなと真剣に考え
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by rojineko | 2004-10-30 21:56 | Travel | Comments(0)

ベネチアの夕方~雨

サンタ・ルチア駅前の水上バス乗り場から、とりあえず「大運河」を通る1番バスに乗ってみる。この路線、主な観光スポットをもれなく通る各駅停車のため人気が高くバス停は人だかり。2台ほど待ってどうにかバスに乗り込み、リアルト橋へ。

リアルト橋-大運河のほぼ中央に位置するアーチ型の橋。東方貿易が盛んな時代から栄えた場所だったらしいが、今は観光客用のおみやげ店とオープンレストランが並んでいる。私達もここで一旦下船して橋を渡ってみる。ベネチアングラスの店が軒をつらねているが、どこもとっても高い!何もかわずに再び水上バスに乗り、サンマルコ広場へ。

サンマルコ広場-大運河を抜けると左手に見えてくるベネチア一番の観光スポット。共和国時代からベネチアの中心地として栄え、ナポレオンに「世界で最も美しい空間」と言わしめた場所。水上バスの乗客のほとんどがここで下船していった。さすがに一番の観光スポットだけあって、広場の周りは人、人、人。人をかきわけないと前には進めない。一通りぐるっと回ったものの、人いきれに疲れてしまった。日も暮れてきたし、1区歩いてアカデミアまで戻り、水上バスでサンタ・ルチア駅に戻った。

さて、今晩の夕食はどうするか?フィレンチェからずっと疲れがたまってきていたCAT、またしても駅前で中華料理店の看板を発見。水上バスに乗っている間から雨も降り始めてきたので、ダッシュで店に駆け込む。駅から3分ほど奥まったところにあったその店は、ベネチアの喧騒とは縁がないような普通の店。中には地元の中国系と、観光客らしいアメリカ人のグループ。アメリカ人の方は、イタリア料理に飽きてしまったのかな。

2人で4~5種類の料理を頼み、22.33ユーロ。物価の高いベニスだからこんなもんか。やまない雨の中、駅前から1番の水上バスでホテル近くのビアジオ駅まで1区乗り、連れの持っていた折り畳み傘でホテルに戻る。びしょぬれの私達を見たレセプションの彼は「ベネチアって素敵でしょ!こーんないい天気で~」とちゃかしてくる。笑うしかなし。部屋に戻って、シャワーを浴びてベッドにばたん。
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by rojineko | 2004-10-29 22:10 | Travel | Comments(0)

ベネチア到着

4時前にサンタ・ルチア駅についた。一つまえのメストレ駅で、すぐ近くに座っていた日本人の男の子がNumberを置いていったのを、日本語活字に餓えるジャパニーズの私達2人は目ざとく見つけ、列車から降りる前に無事ゲットした。何だか随分前の号だったんだけど、忘れてったのかな、彼。それとも彼もどこかでこの雑誌を見つけてゲットしたのか(笑)。

さて、駅についた私達、早速予約したホテルを目指す。このシーズン、ベネチアでホテルを探すのはほんとに大変だった。後になってアメリカの感謝祭休暇に重なっていたのも理由の1つだったとわかったのだが、手頃な3つ星ホテルは軒並み満室。普段なら100ユーロ以下で泊まれる2つ星ホテルも11月中旬まではとんでもなく高い。運河には面していないが駅から歩いていけそうな距離に残っていた唯一の3つ星ホテルがHotel Dogeだったのだ。

HPにあった地図によれば、ホテルまでは駅前のリアルト橋を超えて左に行き、少し進んだところで小さな橋を渡り、あとはまっすぐ。「橋2つくらいなら大したことないね」とベネチア初心者の2人は判断し、スーツケースをひいてとことこと歩き出したのだが。

ベネチアの橋は2人が想像していたのとはまるで違ったのだ!そう、それは全てが山口県の錦帯橋のような太鼓橋。スロープなど当然なく、上りも下りも階段だけ。バックパッカーのように背中に荷物をしょっている人ならまだしも、2人分の荷物25キロをおさめた巨大なスーツケースを引いている私達には、これはイジメとしか思えない。スーツケース担当の連れはすぐに大量の汗。普段は地図を見てnavigateするのは彼の役目だけれど、こうなると思考能力は著しく落ちる。なんとかCATが場所を探さなくてはならない。

幸い、2つ目の橋を渡ったあたりで、壁に「HOTEL DOGE」の文字と矢印を見つけた。良かった、あとはこれをたどっていけばいい。5分ほどでホテルのある小道に出ると、いかにもイタリア人の男性が私達の姿を見つけ「ここ?」と指をさした。彼こそが、これから2日間私達をジョークで笑わせ続けたホテルのレセプションだったのだ。入口を入る。ロビーなどない。正面に銭湯の番頭が入るような上げ下げする机があり、左手に階段。何だか嫌な予感。しかも右の棚には「NO CREDIT CARD」の貼り紙。VenereではカードOKになっていたはずだけど・・・

結局、不安そうな私達の表情に気がついた彼がすぐに貼り紙をさして「No problem, no problem. Card Ok!」と言ってくれたので事なきを得たけれど、ここに限らずベネチアではカードを嫌がる店が多かったような気がする。面倒なのがキライなんだろうか?

さて、無事にチェックインを済ませた私達だがまたもや問題発生。なんとこのホテル、エレベータがなかったのだ!レセプションの左手にある急な階段のみが、上にあがる手段らしい。例の彼が「Easy! Easy! Your room is on the first floor!」と笑って言う。ファーストフロア・・・アメリカならば1階だから何も上がる必要はないけれど、ここはヨーロッパ。ファーストフロアは2階だ。手持ちカバンをCATに預け、巨大なスーツケースをえっさえっさと上げる連れ。最初の上がり場にはカプチーノメーカーと食器置き場があった。朝食をこんなところでとるの?次の上がり場を上がりきったところでようやく客室。なんだか壁が薄そうで、山の家みたい。ほんとにこれで3つ星ホテルなんだろうか・・

しかし、このピークシーズンにベネチアの4つ星ホテルにでも泊まったら1泊4万円はしてしまう。部屋はきちんと掃除してあるし、シャワーも新しいものだし、なんとか我慢しよう。

巨大なスーツケースとの格闘で大汗をかいた連れが着替えをするのを待って、2人でサンタ・ルチア駅まで戻り、荷物預かり所を確認。入口ででっかい猫を見つけてなでようとしたら「フー」と怒られた。ご機嫌が悪かったらしい。外の切符売り場で水上バスの1日券を買い、早速運河の旅に出た。
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by rojineko | 2004-10-29 22:00 | Travel | Comments(0)

ウフィッツイからベネチアへ

朝7時半の朝食時間と同時にブレックファストルームへ。今日はウフィッツイ美術館の予約が8時15分から入っている。ホテルから美術館までは20分もあれば歩けるはず。

今日はお昼頃の電車でベネチアに向かうので、荷物のパッキングを済ませてホテルを出る。美術館に着いたのが8時すぎ。電話予約した際に指示された通り、3番窓口に行くと、すでに10名ほどの人が待っていた。8時15分すぎ、ようやく窓口があいた。電話で聞いた予約番号を見せてチケットを買う。予約料金込みで1人12.5ユーロ。持っていたガイドブックでは9.3ユーロだったからかなり値上がりしている。6.2ユーロ出してオーディオガイドを1台とイヤフォンを2本借りる。バチカンのような無線システムではなく、原始的なカセットテープだった。

朝早いのでまだ館内はすいている。ガイドブックに従って、見所を探し、テープを聴くの繰り返し。10時半には一通り見終わったのでホテルに戻り、疲れた足をお湯につけて一息する。

ベネチア行きの電車は12時39分発。駅前のPastalia Pizzaliaで軽くランチをとって行こうと11時半にチェックアウトするとなんと外はどしゃぶりの雨。半分濡れながらもどうにか駅までの地下道にたどりつき、雨がやむのを待つが、まるでやみそうにない。仕方がないので、駅構内のカフェテリアでランチ。私が荷物番をし、連れが買出し。待っている間にイタリア人のおじいさんがしきりに「ピーノ、ピーノ」と話しかけてくる。荷物を全部持って警戒しきっている私は固まってしまったのだが、おじいさんは単に「雨だね」と言っていただけだった。

リゾットに巨大なサラダで8.7ユーロ。あったかいリゾットで人心地ついた2人は発着番線をチェックに案内板の前へ。えーと、あれ?何だかほとんどの列車に番線が入ってない。そのうち「××、キャンセル・・・」というアナウンスが耳に入ってきた。どきっとする私。まさかまた?幸いにもキャンセルになった列車は私達の乗るものではなかったけれど、ふと案内板の下を見ると、ああーー!!恐れていた文字が!

Schopero 9:00-18:00

ショーペロ=ストライキ
がーん、よくあるとは聞いていたけれどよりにもよって移動日にストだなんて。ユーロスターは動くのか?どきどきしながら待っていると、5分ほどしてベネチア行きのユーロスターに4番線の文字が出た。やったー。この電車は動くらしい。

12時39分、ベネチア行きユーロスターは遅れもなく出発。3時39分には無事にベネチアのサンタ・ルチア駅に到着したのだった。
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by rojineko | 2004-10-29 21:49 | Travel | Comments(0)

フィレンチェ2日目②

ネットカフェで一息ついた私達、行きとおなじポンテヴェッキオを渡って駅方面に戻る。疲れでイタリア料理を受け付けない私、駅近くで中華料理店を見つけて嬉々として入る。その名も「京都大酒楼」なんで京都なんだと思っていたら、要はフィレンチェのことだった。

ラーメン、もやし炒め、ごはん、ジャスミンティーで16ユーロ。ラーメンは麺がどう見てもパスタで、スープは玉ネギの味が強かったけれど久々の「Non Italian」で元気を取り戻す2人。ランチのあと、駅に寄って明日のベネチア行きのユーロスターのチケットを券売機で取り出した。この路線はチケットレス有効なんだが、前回ローマからフィレンチェに移動した際に、チケットがないと変更したりするのに手間がかかるとわかったので念のため発行しておくことにしたのだ。

疲れていたので、一旦ホテルに戻り、足をお湯につけ、交互に首や肩をマッサージ。疲れがとりきれないCATは夕食を抜いて寝ようかと思っていたが、7時半を過ぎたあたりでようやく外に出る元気が戻ってきた。昨日見つけていたホテル近くの「イタリアンにあきたあなたへ、ラーメンはいかが?」の店に行ってみる。この店、どうも昼間は他の仕事をしている在フィレンチェの日本人が夜だけオープンしているらしい。メニューは、ラーメン、餃子、チャーシュー丼のみ。カフェの一角をつかって営業している。私はチャーシュー丼、連れはラーメンと餃子のセットを注文。ここのラーメンもかなり玉ねぎの味が強かったけれど、オリーブ油のない食事にほっとする。ふと壁を見ると、Jimmyと店長が一緒に映った写真。日付を見る限りでは、まだつい最近のものらしい。イタリアに絵を描きに来ていたんだろうか?
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by rojineko | 2004-10-28 21:53 | Travel | Comments(0)



11歳のむっちりトンキはドンくさい?!飼い主は遊牧民族。名古屋、京都、東京、マニラ、鹿児島、福岡と住んだ土地は数知れず。秋田と東京のバラバラ生活がやっと終わり、2人+1匹の東京ライフが再開です。
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