路地猫のひとり言

イスタンブール


11月4日。とうとう本航海のハイライト、イスタンブールに到着だ。逗留は一日しかないので、めいっぱい回るためにフルデーのバスツアーに参加。7時半の入港が待ちきれずに、6時半に起きて朝食をとりデッキを陣取った。

イスタンブール-ボスポラス海峡を挟んで、アジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがるトルコ最大の都市。現在でも1200万人が住むこの地は、かつてはローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国と3代続いた大帝国の首都だった。

船はマルマラ海をゆっくりと進む。途中、水中に何か黒い影が見えたかと思うと、なんと野生のイルカだった!3匹ほどが、私達の船と競争するように泳いでいる。そのうち、左手の丘の上にモスクが見えてきた。あれが有名なブルーモスクなんだろうか?それにしても、この港はなんて美しいんだ~。たった一日しかこの街にいられないのが残念でたまらない。

午前7時半。船は予定通りに入港し、新市街地側に停泊した。わくわくしながら船を下りる。


今日のバス仲間は全部で12名。午前中にブルーモスクとトプカプ宮殿を見学し、一旦船に戻ってランチをとり、午後に聖ソフィア教会を見学してからグランバザールという日程だ。ちょっと慣れすぎていて、新聞読みながら車内アナウンスしてるところはイマイチだけど、イズミールに比べるとガイドの英語が上手。聞きやすい。

ところでイスタンブールはボスフォラス海峡を挟んで、アジアサイドとヨーロッパサイドに別れ、ヨーロッパサイドが近代的な新市街地と、名跡が多い旧市街地に分かれている。船が停泊していたのはヨーロッパサイドの新市街地だったので、車窓から見える風景は「シティバンク」だの「アクサ生命」だのおなじみの企業が入ったビルばかりだった。橋をわたって旧市街地に入る。フェリー乗り場はアジアサイドから出勤する人でごった返していた。「今はラマダンなので、夕方のピークが早くなっています。渋滞に巻き込まれないように早めに行動しましょう」とガイド。レーンも信号もほとんど無視したようなドライヴィングはまるでマニラに帰ってきたようだ。

20分ほど走り、ブルーモスクの近くにやってきたが観光バスが多くて中に入れない。結局、バスを中まで入れるのをあきらめて途中で下車して歩くことになった。今回のグループには足の悪いイギリス人のおじいさんがいるので、ちょっと心配。「さくさくガイド」がどんどん進んでいってしまうので、気になって後ろを振り返ることしばしば。5分ほど歩いて、その昔チャリオットという2頭立て戦車のレースを行ったというヒッポドロームの跡地でローマ帝国時代にエジプトから運んできた巨大なオベリスクを見る。

ヒッポドロームの両側にずらりと屋台が並んでいたのだが、ガイドによれば観光客目当てのものではないらしい。ラマダンの間だけ作られ、夕方になると貧しい人に無料で食事を配る「配給所」のようなものだとのことだ。マニラに帰ってきて調べてみたら、「誰でも断食している人に、日没時、断食を開くため食事を与える者には、罪の許しと地獄の炎からの解放がある。」というイスラムの教えがあるらしい。どうもラマダンというと、「苦しみ」というイメージがあるのだけれど、あくまでも日中は食べないということで、この時期の夕食は普段よりずっと豪華なのだそうだ。

でもやっぱり、お昼ごはん抜きじゃ、仕事するパワーなくなるよーな・・・

そのまま歩いてブルーモスク。もちろん、ブルーモスクというのは愛称で正式の名前は「スルタンアフメット・ジャミィ」という。現在でも使われているモスクなので、入場に際しては皆土足を脱ぐ。見ていると、スタッフは「マイスリッパ」を持っているようだった。ガイドは、脱いだ土足をビニル袋に入れて持ち歩くのは観光客だけで、信者はそのまま靴を持って入り、決められた場所にぽーんとほかるのだと言う。ぽーんとほかるって・・・ちょっとそれは誇張表現で要はお祈りをしている側に置いておくってことのようだった。


ブルーモスクがどうしてブルーというのか?という答えは中に入るとすぐにわかる。モスク壁面が美しい青色のタイルで装飾されているからだ。このタイルはトルコでも特別な地域でしか作ることができなかったイズニック・タイルというものだそうだ。

そして、6000人が一度に祈りをささげることができるという広い内部にはトルコ絨毯が敷き詰められている。ガイドによれば、昔は信者が絨毯を寄付していたそうだが、今では古い絨毯に高値がつくようになり寄付する人が減ったとか。この他、お祈りの仕方などの説明を受けて外に出る。

イスタンブールにいる間中そうだったのだが、観光客とみるとどこからか物売りがやってくる。トルコ帽子、トルコ駒、絨毯、アップルティーなどなど。ブルーモスク周辺も然り、で外に出て靴を履いた途端に物売り攻撃に合う。連れの観察によれば、靴を履く階段付近に物売りが近づくと警備員が飛んできてつまみ出していたらしい。聖なる場所を守るということか。

物売り攻撃をかいくぐりながら、トプカピ宮殿に向かう。知らない間に、同じグループのクロアチア人カップルがトルコ帽子を物売りから買っていた。1個1ユーロ。高いと思っていたが、グランバザールより安かったと後でわかりほぞを噛むのであった。

トプカピ宮殿への道は、美しい並木道。トルコにいるよりパリやロンドンを歩いているような錯覚に陥る。5分ほど歩いてトプカピ宮殿に。

トプ・カピとは大砲の門の意で、海沿いの城壁の門に礼砲を備えていたことからその名がついたらしい。約400年間はスルタン(王)が住み、オスマン帝国の政治的中枢だった。1856年に当時のスルタンが別所に移り、その後はずっと封鎖されたままになっていた。 宮殿が公開されたのは最近のこと。

ガイドからチケットを受け取り、一人ずつ荷物のセキュリティーチェックを受けてから入る。博物館内部での説明が禁止されているとのことで、手前の庭でガイドから見所の説明を受けて解散。

宮殿内部にはいくつも見所があるのだが、やはり一番の興味は宝石。60年代の映画「トプカピ」に出てくる宝石をちりばめた「短剣」や86カラットのダイヤモンド!あまりに無造作に宝石が使われているので、ガラス玉のように見えてしまう・・

その他、スルタンの衣装、日本や中国の陶器、イスラム教の聖物などを見て奥に進むと、おおーー!!目の前に海。私達の船が正面に泊まっている。昔のスルタンはこの風景を見て暮らしていたのか。羨ましい限りだ。

ちなみに、宮殿内には巨大な厨房があるのだが(現在は陶器を展示してある)ガイドの説明によれば、これはスルタンの食事を作っていたのではないとのこと。当時のスルタンは貧しい人に食事を与えることが美徳とされていたので、この巨大な厨房で毎日、周辺に住む何千人という人の食事を作っていたのだった。

のんびりと宮殿内の庭を散策し、バスで船に戻りランチをとる。

今日のランチはジャーマンデーだった。あまりおいしそうじゃなかったので、デッキのグリルコーナーでハンバーガーを作る。パテだけでもビーフ、ポークステーキ、ターキーがあり、好きなパンに好きなパテと野菜をはさむ。これがうまい!

昨日のエフェソスが暑かったので、薄着でいたのだがイスタンブールは寒い。一旦、部屋に戻ってセーターに着替えて午後のツアーに出発した。やはり他の人も寒かったらしく、みな厚着になっていた。午後はアヤ・ソフィアを見学したあと、グランバザールで買い物。ガイドは「ソフィアについてなら数時間語れる」と前置きしつつも、買い物タイムを作るために急いで解説。

アヤ・ソフィア。ギリシャ語の「聖なる知」を表すこの教会は537年に完成。当時キリスト教の世界最大の教会だったがイスラム教の進出で、キリスト教会からイスラムのモスクに変えられ、現在はモスクとして使われている。壁のモザイク画は、偶像崇拝を禁じるイスラム教徒によって大半が漆喰で隠されてしまったのだが、現在は漆喰を取り除き、隠された絵を見ることができる。外見は教会、実はモスク。不思議な感覚だ。

再びバスに乗り、グランバザールへ移動する。途中でガイドが「トルコの垢すり」を見つけ、自分も大好きで毎月やっていると話していた。「まるでクラゲのようにふにゃふにゃになる」のだそうだ。

15分ほどしてようやくバザール到着。最初にハンディクラフトセンターで絨毯の「デモンストレーション」があると言われ、製作風景が見られるのかと思ったら何のことはない販促だった。トルコ名物のアップルティーを飲みながら、次から次へと出される絨毯を見る。シルクの絨毯は向きによって色が変わり、確かに素敵。トルコブルーの素晴らしい絨毯に魅かれたが、値段が2000ユーロと聞いて断念。日本で買えば倍はするのだろうが、それだけあったら別の旅行がしたい。あとで聞くとアメリカ人夫妻は小さなマットを買っていたようだ。絨毯屋がグループ全員に出身地を聞いたので、「日本人だけどフィリピンから」と答えるとちょっとびっくりされた。

絨毯屋から開放されてバザールへ。メインストリートを歩く限りは大丈夫なのだが、横道に入るともうどこにいるのかわからなくなる。まるで迷路。アップルティーだけ買って集合場所に戻ると、他のメンバーもあまり買い物はしなかったと言う。

道が混雑しているのかバスがいつまで待っても来ず、待っている私達にまたもや「物売り」の攻撃。バス待ちで動くわけにいかないので逃げられず、ただただ「ノー!!」と言うしかない。あまりのしつこさにイギリス人女性は「ノーって言ってるでしょ!」とキレていた。バスに乗っている間はほとんど会話もしなかったのに、こんな状況に追い込まれると「団結心」が湧いてくる。不思議なもんだ。

15分ほどしてようやくバスが来て、船に戻る。さすがに疲れた。ジムで体を動かし、夕食へ。チーフウエイターのロメロ君ともようやく話ができるほど打ち解けてきた。こちらがフィリピン駐在とわかると、デザートの後でやってきて自分はラスピニャスの出身であること。この航海の後、7ヶ月ぶりに国に帰ること。結婚したいのだが、婚約者が急死して以来、「この人だ」という女性にめぐり合えないことなどいろいろ話してくれた。船内のスタッフは大半がフィリピン人なのだが、海外に出て働いている女性は「友達」にはなれるが「恋人・伴侶」としては見ることができないのだそうだ。古風なのかな・・?
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by rojineko | 2004-11-04 09:37 | Travel | Comments(0)
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11歳のむっちりトンキはドンくさい?!飼い主は遊牧民族。名古屋、京都、東京、マニラ、鹿児島、福岡と住んだ土地は数知れず。この春から秋田と東京のバラバラ生活始まりました!
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